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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)1373号 判決 1962年10月22日

原告 日比谷商事株式会社

右代表者代表取締役 吉田弥吾二

右訴訟代理人弁護士 秋山博

被告 太洋自動車株式会社

右代表者代表取締役 鈴木康一

右訴訟代理人弁護士 小林清春

主文

被告は、原告に対し、金一七一万円およびこれに対する昭和三六年三月四日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は原告において金六〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

原告が昭和三五年三月二三日頃、被告会社の国産車販売部次長早川文雄に対し、本件土地の図面を持参交付したこと、この後同年八月一日被告と右訴外会社の間で、原告の介入なくして本件土地につき代金五、五〇〇万円で売買契約が成立したことはいずれも当事者間に争がなく、右事実と成立に争いのない甲第一号証≪中略≫の結果をあわせると、次の事実を認めることができる。

(1)  原告は自動車販売および土地建物取引の仲介を業とする株式会社で、宅地建物取引業法に基づき東京都知事から登録を受けた宅地建物取引業者である。

(2)  被告会社においては、昭和三五年三月頃、中古車の販売を拡張するため、中古車センターなる営業所を設置することを計画し、これに必要な土地を物色すべく、被告会社国産車販売部所属の社員らに対し、適当な土地があるかどうかを心掛けておくように命じていたところ、たまたま同月二二、三日頃、同販売部次長早川文雄が原告から送られてきたマンスリー・レポートなるパンフレツトに自動車の案内のほかに土地建物の案内が掲載されているのを読み、そのうち甲州街道沿いに約三〇〇坪の貸ガレージの広告があるのをみて、電話で原告に右土地についての説明を求めた。そこで原告代表者吉田弥吾二と原告会社不動産部々長大野正美の両名が直ちに被告会社を訪れ、早川に面接したところ、同人から被告会社においては上記のような理由から自動車用地を探しているから、適当な土地があつたら紹介して貰いたい旨の依頼を受けその頃本件土地ほか数ヶ所の土地を紹介したところ、本件土地が適当だからその内容を知らせて欲しいと頼まれたので、同月二八日頃、本件土地の図面を持参して早川に交付した。本件土地は訴外会社の所有地(一部は賃借地)であつて、訴外会社は右土地を観光自動車の置場兼営業所として使用していたのであるが、手狭となつたので、これを売却して他に三倍ぐらいの広さの土地を買い取るべく計画し、子会社にあたる訴外東邦土地開発株式会社に売却のあつせんを依頼し、同会社はさらに訴外等々力不動産その他二、三の不動産取引業者に売買のあつせんを依頼していたもので、原告会社の社員久保某が等々力不動産から本件土地が売りに出ていることを知り、等々力不動産の社員岡本某から本件土地の図面を貰い、かつ、同人とともに実地を調査して図面のとおりであることを確認したうえ、原告会社に報告し、原告会社においても適当な買主を物色中のものであつて、上記のように被告会社の早川次長からの依頼によつてこれを同人に紹介し、上記等々力不動産から貰い受けた本件土地の図面を複写してこれに原告会社の名を記載し、これを早川に交付したものである。

(3)  早川は、右のように原告から本件土地の紹介を受けるや直ちに原告から交付された図面を国産車販売部中古車課長宮地某に交付し、同人はさらにこれを被告会社の経理担当の常務取締役で、当時本件売買の交渉のごとき総務関係の仕事をも事実上行つていた粟生大次に報告したところ同人は売手である訴外会社が日頃取引上被告会社とじつこんの関係にあつたので、訴外会社と直接売買の交渉をすることとし、中古車課の課員で前に右訴外会社の社員であつた関係上同会社関係の取引を担当していた田上信行をして訴外会社の意向を打診せしめた。田上は訴外会社に赴いて同会社の常務取締役高村武人に面接し、売買の意向を打診したところ移転先がまだきまらないから今直ちに売却することはできない旨の返答に接したので、深く交渉することもなくそのまま帰社してその旨復命し、売買の交渉は一応中絶したが、原告に対して右事情を連絡することはしなかつた。その後も田上は、訴外会社を訪れる度に、被告会社において営業所用地を探している旨を告げて訴外会社の意向を探つていたが、同年六、七月頃前記高村常務から本件土地売却の意向がある旨告げられたので、直ちに被告会社に復命し、その結果被告会社と訴外会社との間に直接交渉が行われ、上記のように売買契約の成立をみるに至つた。なお、訴外会社は、右被告会社との間の交渉の過程において、さきに売買のあつせんを依頼した東邦土地開発株式会社に対し、他に適当な買主の候補者があらわれたので、さきにした売買あつせんの依頼を取り消す旨通知したが、被告会社は原告に対しなんらかような処置をとることなく、原告としては、さきに早川次長に本件土地を紹介したのち、引き続き当然なんらかの連絡があるものと思つて待つていたけれども、被告からはなんの音沙汰もなく、その間早川次長に数回電話したが、不在のため連絡がとれず、そのうち四ヶ月余りの時日を経過したので、疑惑を感じて登記所につき調査した結果、上記売買の成立を知つた。

以上のように認定することができる。証人早川文雄の証言中右認定に反する部分は措信し難く、他にこれを左右するに足る証拠はない。右認定の事実によれば、被告会社の社員早川文雄は、被告を代理して原告との間に昭和三五年三月二二、三日頃土地売買あつせんの委託契約を締結したものというべきところ、右早川が被告を代理して原告とかかる契約を締結する権限を与えられていた事実についてはこれを認めるに足る証拠がないけれども(上記のように被告会社の首脳部から適当な売地があるかどうか心掛けておくようにと命ぜられたというだけでは、直ちに不動産取引業者に土地の購入あつせんを依頼する代理権まで与えられたものとすることはできない、)上記認定のように被告において自己の社員が会社のためにした仲介の依頼に基づいて不動産取引業者である原告が被告に対してした紹介によつてはじめて訴外会社が本件土地を売ろうとしていることを知り、これに基づいて同会社と接衝して売買契約を締結した以上、被告は上記早川のした無権代理行為を暗黙に追認したものと認めるのを相当とすべく、仮に追認があつたものとすることができないとしても、右のごとく自己の社員のした無権代理行為による結果を積極的に利用し、これによつて利益をおさめながら、これと不可離の半面をなす自己に不利益な負担についてのみその効果を否定することは信義則上からも許さないものというべく、この場合被告は前記早川の無権代理行為を追認した場合と同様の責任を負うものと解するのが相当である。

次に被告は、原告から本件土地の紹介を受けたとしても、被告が直接訴外会社に本件土地売買の意向の有無を確かめたところが、その意向がない旨の返答に接したので、これによつて売買の交渉も打ち切られたのであり、その後売買が成立するに至つたのは別個の原因によるものであるから、原告の仲介行為と本件土地売買契約の成立との間には因果関係がない旨主張するけれども、訴外会社が本件土地売却の意向を有していたことは、同会社が前記のように売買あつせんを訴外東邦土地開発株式会社に依頼した事実によつても明らかであり、前記認定の諸事実に照らすときは、被告が訴外会社に対してした売買の意向の打診なるものも、単にそれとなくかかる意向の有無を聞いたという程度のもので、深く突つ込んだ話ではなく、そのために訴外会社においても軽く移転先がみつかるまでは云々の返答をしたにすぎず、従つて被告が真剣に交渉を継続すれば適当な履行期限を付した売買契約の成立の見込が十分に存在したことが窺われるから、右訴外会社の返答によつて一時交渉が停止したことをもつて直ちに売買契約が不成立に終つたものとし、原告の紹介とのちの本件土地売買契約の成立との間に因果関係なきものとすることはできない。よつて被告の右主張は採用することができない。なおまた被告は、本件売買契約成立前に訴外会社から原告を含む不動産取引業者らに対してさきにした売買あつせんの依頼を取り消し、これらの者において右に異議なきことを確認したうえ右契約の締結をみたのであるから原告は報酬請求権を有しない旨主張するけれども、原告が本件土地の売買に関するあつせんの依頼を受けたのは右訴外会社からではなく、被告(またはその代理人たる早川)からであり、被告(またはその代理人たる早川)と原告との間において右の委託契約が解除されたことについてはなんらの主張も立証もないから、被告の上記主張もまた採用の限りでない。

よつて進んで原告が請求しうる報酬金の額について考えるに、上記委託契約に基づいて原告がした仲介行為は、本件土地の紹介と図面の交付を出ることなく、その後の売買の交渉そのものはすべて被告が直接訴外会社とこれを行い、その間原告が格別の尽力をした事実のないことは上記のとおりであるけれども、およそ不動産取引業者のなす仲介においては買主の欲するような土地建物が売りに出ていることを探知してこれを買受希望者に紹介し、あるいは売主に対して適当な買受希望者を紹介することがその第一段階であると同時に最も重要な行為であり、その後両者の間において売買契約が成立するまでの過程における双方に対する折衝ももとより大切であるけれども、この点については格別の努力を払わずとも容易に契約が成立することもあるのであつて、このような場合においても仲介者は所定の労酬を請求しうるのであるから、この種の仲介行為においては、上記のごとき紹介こそその眼目をなす行為というに妨げなく、従つて仲介業者に対して適当な土地の売買のあつせんを依頼し、右業者から特定の土地の紹介を受け、これを契機としてその後右土地の売買契約が成立するに至つた場合においては、たとえその間に右業者の格別の尽力がなく、当事者の直接の交渉によつて売買が成立した時といえども、右業者がかかる尽力をしなかつたことがその業者自身の責任でなく、むしろ委託者において業者にかかる尽力の機会を与えなかつたためである限り(右委託者が故意に報酬金の支払いをまぬかれるため、あるいは報酬金を減額するためにかような行為に出たものであると否とにかかわらず)右業者は、委託者に対し、自己の尽力によつて売買の成立をみるに至つた場合と同様の報酬を請求しうるものと解するのが相当である。本件において、原告は、被告と訴外会社間の本件売買契約の成立につき本件土地の紹介以外に格別の尽力をしなかつたけれども、それは原告自身の怠慢その他その責に帰すべき事由によるものでなく、被告からその機会を与えられなかつたためであること上記のとおりであるから、原告は、被告に対し、通常の場合と同様の額の報酬金を請求することができるものといわなければならない。

しかして証人川崎総夫の証言および原告代表者吉田弥吾二尋問の結果によれば、東京都においては不動産売買の仲介業者が仲介の依頼を受け、売買を成立せしめた場合には、たとえ報酬の支払いおよびその額について格別の約定がなされなかつたときでも、なお東京都知事の定める最高報酬額を請求しうるとする商慣習が存在することを認めることができ、右慣習を排除する旨の合意の存在を認めえない本件においてはこれに従うべきものであるところ、成立に争いのない甲第六号証によれば、右最高報酬額は取引額二〇〇万円以下の場合は取引額の一〇〇分の五、取引額四〇〇万円以下の場合には二〇〇万円を超える部分について取引額の一〇〇分の四をこれに加えたもの、取引額四〇〇万円を超える場合はさらに右四〇〇万円を超える部分について取引額の一〇〇分の三をこれに加えたものとされていることが認められるから、原告は被告に対し、右に従つて計算した最高報酬額一七一万円の支払いを請求する権利を有するものというべきである。

よつて被告に対し、右金一七一円およびこれに対する被告への本件訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和三六年三月四日から支払いずみにいたるまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める原告の請求は正当であり、これを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗)

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